FASHION

2021.02.20

RH INTEREVIEW with CREATORS vol.1 前編 ~WISM 堀家 龍~

哲学。人間が”カッコよく”生きていく上で欠かすことができない要素。

今回からスタートする《RH INTERVIEW with CREATORS》はファッション業界を中心にしたクリエイターの芯に迫り、その人、またはその人が関わるブランドなどを今以上に価値あるものとして皆様にお届けしよう、という企画です。vol.1はRATEHIGHER magazine(略称:RH)でもお馴染みになっているWISMのバイヤー兼コンセプターの堀家龍さんの哲学に迫りました。WISMがどのような経緯で設立されたのか、個性が光る別注はどのように生まれているのかなど、他の媒体では詳しく明かされていないWISMの芯が堀家さんの哲学から明らかになります。

① 「入場料が取れるディズニーランドみたいなお店を作りたい」から始まったWISMへの道程
② 「目利きのバイイングの時代は終わった」堀家さんが考える今のバイイングと、次の一手。そして感謝
③ 2010年代にWISMという洋服屋ができました、っていうことが教科書に載るお店を目指す

 

堀家 龍(WISM バイヤー兼コンセプター)
1978年生まれ、相模原出身。今では2人となったWISM創立メンバーの内の1人で、フラッグシップの渋谷店初代店長。中規模チェーン店から洋服のキャリアがスタートし、古着、モード、セールス、WISMと渡り歩いたメンズファッションの生き字引。10kmのジョギング×50mダッシュ10本×懸垂100回を週2でこなすスーパーストロングスタイルライフスタイルの持ち主。「唯一無二」が口癖。それらを簡単に感じ取れるフイナムブログはこちらから。

 

① 「入場料が取れるディズニーランドみたいなお店を作りたい」から始まったWISMへの道程

ある日曜の開店前にWISM渋谷店で取材、ということで私はお店に向かいました。そうするとそこにはすでに堀家さんが。スタッフと談笑しながらお店の前でタバコを吸っているいつもの開店前の光景。堀家さんのモーニングルーティンだ。笑顔で迎えてくれた堀家さんと「久しぶりだね!元気にしてた?」と挨拶を交わしながら取材場所のWISM渋谷店の2Fへ向かった。

—堀家さんの哲学、とても面白いので早く紹介したいのですが、まずはWISMの設立までの経緯を聞かせてください。詳しいことはあまり他では紹介されていないと思うので。

堀家さん(以降、敬省略)「WISMの設立には色々な要素が絡んでくるから順を追って説明すると、きっかけの大元は自分がニューヨークに語学留学していたこと。前職がジェットンショールーム(アタッシュドプレスや海外商品のセールスを行う会社)なんだけど、その前に3ヶ月ほどニューヨークに語学留学してたんです。その前の仕事を一切やめて。それまでも洋服の仕事はしていたから、ニューヨークで出会った知り合いの仕事を手伝ったりして生活していて。当時は一攫千金を狙った人たちがたくさんいて楽しかったですよ。周りの友達や知り合いが次々とブランドを始めて、中には日本でウケるだろうな、って思うものもいくつかあって。その人たちに、あなたのブランドはきっと日本で流行るよ!、って話したりしてたら、じゃあお前が売り込んでくれよ、ってなって笑。その頃に今のWISMの核になるブランドのひとつ、ウィリーチャバリアと知り合った。もう長い付き合いになります

ウィリーチャバリアとWISMの関係性はウィリーチャバウィズムというWISM限定のラインを展開しているほどとにかく深い。後述になるが、堀家さんは昨年春の緊急事態宣言下でも水面下で別注商品の製作を進めていて、ウィリーともその時にオンラインで次の構想を練っていたという。

堀家「知り合いだからそんなこと言われたら頑張りたくなるじゃないですか?だからその人たちのブランドを引っ提げて日本に帰ってきて、ジェットンショールームの知り合いを訪ねてセールスしまくりました。バイイングの経験はあったけどセールスやPRはやったことがなかった。当時はスマホも無いからファッションの情報は雑誌からがほとんど。雑誌の最後の方に問い合わせ先が掲載されてるじゃないですか?そこにとにかく電話を片っ端から掛けたんです。そこで始めてコンタクトを取ってくれたのが今、フイナムで編集長をしている小牟田さん。こういう経緯もあって、小牟田さんとは当時から本当にお世話になってるんですよ」

実は、ここまでの動きがWISM設立に大きく関わってくる。

堀家「ジェットンショールームで働いている時にパリに出かけることがあって、そこで野田さん(WISM設立時のマネージャー。現在はベイクルーズ上席取締役)と会う機会があったんです。(前述の)ニューヨークの知り合いが野田さんと知り合いだったからそれまでは顔を合わせたら会釈程度の関係性だったんだけど、パリで会ったからせっかくだからごはんでも食べようってなって。場所はバトルロワイヤルのマンガを置いている中華料理屋でしたね笑。その時はまだWISMが構想段階だったんだけど、帰国したら連絡するよ、くらいのノリで終わった、、、と思ってたんですが」

堀家「その約束があったから、帰国して間も無く野田さんと飲みに行ったんです。WISMをどうこうする、ってわけじゃなくて、野田さんから飲みの席のノリで、お前はこれから何がやりたいの?、って聞かれたから、入場料を取れるディズニーランドみたいな洋服屋を作りたい、って答えたんです。紛れもない本心からだったんだけど、それが野田さんに引っ掛かったみたいで笑。そしたら翌日。野田さんから、今の会社辞めてベイクルーズに履歴書書いて、って連絡がきて。強烈じゃないですか笑。それから3、4ヶ月してジェトンショールームを辞めてWISMに入ったって流れですね」

—堀家さんらしいエピソードですね!!入場料を取れるディズニーランドみたいな洋服屋を作りたい、なんて聞いたら、そりゃスカウトしたくなりますよ。すごく面白そうですもん。入場料は取らないまでも今のWISMはディズニーランドみたいになってる部分もあるので、具現化できてるのは本当にすごいと思います。

取材時のWISMのメインディスプレイ。こちらも関係性の深いdoubletが中心になっているが、そのプレゼンテーション方法はウィットに富んでいる

—WISM設立には野田さん、堀家さん、市之瀬さん(現tokishirazuディレクター)の3人が中心でした。堀家さんの、ディズニーランドみたいな洋服屋を作りたい、って話に他の2人は同意してたんですか?

堀家「いや、全然笑。野田さんは、ホテルをやりたい、って言ってたし、市之瀬さんは、ワンコインショップをやりたい、って話してたからメンバー3人それぞれが違う考え方を持ってました。それが逆に良かったのかもしれないですね」

—そういえば初期のWISMはライフスタイル提案型でキッチンツールとか売ってましたね

堀家「そうなんです。無水鍋?そんなん知らないし、どうやって売るの?、って正直思ってた笑。けど、スタートから全てが満足いくとは思って無かったから別にそれはそれで良かった。そこから、どう満足できるものを作っていくかの方がはるかに大切。だから自分が無水鍋に興味が湧いたらそのまま扱ってたけど、残念ながら興味は湧かなかったですね笑」

 

② 「目利きのバイイングの時代は終わった」堀家さんが考える今のバイイングと、次の一手。そして感謝

—では今度は今のWISMについて教えてください。WISMで本格的にバイイングを始めてから4年半ということですが、この時間の中で感じたことなどありましたか?

堀家「バイヤーが目利きで勝負する時代は終わったと思ってます。展示会に行っていいものをピックアップするのは主観に限られるし、限られたところでの手腕の見せ所。そうなると今後3年、5年、10年と進んでいく内にこれじゃ立ち向かえない。バイヤーはデザイナーじゃないから生み出すことができない。デザイナーが作ったものから選ぶことしかできない。でもその選ぶことにも限界がくる。そうなった時の次の一手が、じゃあこの人たちと協力をして何を生み出すことができるのか、っていうことだと思ってます。バイヤーもクリエイティブにならなくてはこれからは生き残っていけない時代だと思いますね

確かにWISMには他店では滅多にお目にかかれない別注が並んでいる。お店の規模感に対しての別注商品の割合は他セレクトとは比較にならない。この理由は堀家さんのバイイングに対する考え方が色濃く反映されているからだ。

堀家「この想いはコロナ前くらいから頭によぎり始めた考え。その頃はなんとなく1〜2年後はこんな考え方にスイッチしていかないと立ち行かなくなるだろうな、と思ってた矢先のコロナ。コロナがきっかけでこの考え方に拍車がかかりました。自分がやらなきゃ誰がやるんだ、ってなったんです。だからみんな自粛自粛の嵐でしょうがない、ってなってた頃に自分は馬事公苑でデザイナーとサンプルを見て別注の打ち合わせを進めてました。そうじゃなきゃ大変なことになることは目に見えてましたしね。それが今、形になっていて例年以上の量の別注をリリースできてるんです

堀家「そんな大変な時期に一緒にやってくれたdoublet、COMOLI、WILLY CHAVARRIA、WEWILLをはじめ、他にもたくさんいて、WISMに関わってくれて協力してくれた皆さんには本当に感謝しています。この人たちがいなければ今のWISMになってないですからね。こんな大変な時期だけど前に進まなきゃ、って思って動いてくれた人たちが今のWISMの財産になっていて、今のWISMの核になっている。今だからわかるんだけど、その頃の自分は追い込まれてたんだと思います。追い込まれたからこそ、この考えにたどり着いたんだと思うんです。自粛はど正論だけど、決まって出ていくお金はあるわけじゃないですか?だからお店を開ける以上はお客さんに来てもらわなきゃいけない。じゃあ、どうするか、ってことだと思うんです。どんな職業もそうだけど、今の自分のポジションは人から好かれなきゃいけない。愛されて贔屓されてナンボ。そのスイッチが改めてONになったのがこの頃ですね。自分が愛したら愛されるし、応援したら応援してくれるし。このポジティブなサイクルがお店の運営、応援してくれる人たち、そして自分自身にプラスに働くんだと思って動いてます」

—堀家さんらしい、攻めた考えですね。けど考えを行動に移すってすごいエネルギーが必要だし、覚悟も必要ですよね

堀家「唯一無二を目指さなきゃ目立たない。普通のことをやっててもちょっとだけ目立っていれば他と違うように映るわけじゃないですか?それがキャラなのか、身長なのか、言葉なのかはわからないけど、それを自分の武器にすることでWISMが成立するならば自分は常に唯一無二を目指しますね。卵が先か鶏が先かの話で、今は自分にとって良かったことがお店につながると思って動いてます」

 

③ 2010年代にWISMという洋服屋ができました、っていうことが教科書に載るお店を目指す

—WISMが他のお店と違うところってどういうところだと思ってますか?

堀家「自分たちがいいと思ったことを思い切り打ち出すところだと思ってます。世の中がこうだから、とか全く関係ありません。洋服はブランドによって色を出せるけど、それらが集約されたセレクトショップになった途端、他でもやってる洋服になってしまう。それをWISMで買ってもらうには、買いたいって思わせるにはどうすればいいのか。それは経験と体験がモノを言うと思ってます。例えば度詰めの天竺Tシャツがあるとして、ネットでは細かく情報が載っているので、正直スタッフの情報より精度が高いと思うんですよ。けど、お店で同じモノを着ているスタッフが、実はこのTシャツはすごい丈夫でいくら洗っても縮まないんですよ、って伝えられるのって自らの体験でしか語れないからそこにウソがないじゃないですか?人が欲しているのは情報じゃなくって体験なんだと思うんです。だからWISMは経験と体験を売るお店、ってところが他と違うところですね」

—お店でのスタッフとのコミュニケーションって本当に楽しいですよね。嫌いっていう人もいるけれど、自分はむしろ絡んで色んな情報を知りたい。主観ですけど、だからWISMみたいなお店がいっぱい増えればいいな、って思ってるんですよ。今後のWISMはどうなっていきますか?

堀家「単純に自分のイデオロギーやアイデンティティを伝える、って言うことだとお店は増やせないと去年までは思っていたけど、今だったら新店舗を増やしてもいいかもしれない。何でかって言うと、今の自分がやるべきことはWISMに関わっている人たちや今まで話したデザイナーさんに喜んでもらえたり支援できることが一番重要だと思ってるからです。それができる環境ならば店舗を増やすって選択肢もあると思います。そのまた向こうで目指しているのは、2010年代にWISMという洋服屋ができました、っていうことが洋服屋の教科書、そんなのがあればそういう風に載るお店を目指したいですね」

堀家「今はとにかく関わってくれた人たちに喜んでほしい。そのために動いてます。今後もコロナみたいに絶対に抗えないことが絶対に出てくると思うんですよ。それに立ち向かえる自分じゃないとこの業界では勝負ができない。コロナだからしょうがないよね、で終わらせていたら立ち行かなくなるのは目に見えてるわけじゃないですか?何かが向かってくる時代なんだから常にその動きに対応できる状態を作っておかないと関わってくれた人たちに喜んでもらえない。だから俺は追求したいし、唯一無二じゃないといけないですよね」

 

洋服を売る、ということよりも人間としての本質を追求し、その結果が今の堀家さんとWISMの血と肉になっている様子が非常に強く伺えました。堀家さんの哲学は洋服屋のみならず、様々なところで応用できるような考え方なので色んな方に本記事を見ていただけると幸せです。

さて、次回は後編。WISMの 2021SSで堀家さんが特に思い入れのある商品たちを紹介してくれます。お楽しみに!

【photograph by WATARU KITAO

Writer Profile

谷本春幸

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谷本春幸

PR / ライター / スパゲストハウスルルドリーダー・広報

EDIFICE、417 EDIFICE、JOURNAL STANDARD、WISMなどのプレスを経て独立。 フリーランスでライターを経たのち、群馬県・四万温泉の宿「スパゲストハウス ルルド」のリーダー兼広報に。現在は群馬に拠点を移し、フリーランスライターとの二足の草鞋で活動中。 INSTAGRAM:@haruyukitanimoto Twitter:@haruyukitanimo1